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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)191号 判決

控訴人

高橋登美子

代理人

中村直美

被控訴人

高橋松蔵

代理人

前川信夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において追加した第一順位の請求を却下し、

第三、第四順位の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

当裁判所は、原判決と同様に、控訴人の請求を失当として却下または棄却するものであるが、その理由は、つぎのとおりの追加および変更をするほか、原判決理由欄の記載と同一であるので、みぎ記載を引用する。

一〈省略〉

二原判決七枚目表最終行末尾の次に、行をかえてつぎのとおり追加する。

(一)  第一順位の請求について

家事審判法九条乙類八号所定の扶養に関する処分としての家事審判は、要扶養者に対する現在および将来の扶養に関する関係者の協議に代わる家庭裁判所の処分であるから、家庭裁判所に対するみぎ処分の申立(家事審判又は家事調停の申立)があつた時点における当該要扶養者に対する現在および将来の扶養料について審判するのが原則であつて、みぎ処分の申立までに要扶養者の生活に要した費用(いわゆる過去の扶養料)は、現在および将来の扶養料の請求と共に前記処分の申立がなされたときに限り、当該扶養当事者間における現在および将来の扶養料支給の要不要および金額等を判断する上の重要な資料となり扶養の審判内容中に織込まれるという意味では、家庭裁判所における審判事項の一部をなしているということもできるが、現在および将来の扶養料の請求から分離した、独立の、純粋に過去の扶養料(前記家事審判調停の申立前に要扶養者の生活に要した費用)のみについての請求は、前述の扶養に関する処分としての家事審判の性質上、家事審判事項には該当しない。しかし、扶養義務者の要扶養者に対する扶養料支給債務は、要扶養者から扶養義務者を相手方として家事審判調停の申立をする以前に要扶養者の生活に要した費用についても発生することがあるから(扶養義務者の要扶養者に対する扶養料支給債務は、扶養当事者間に扶養要件すなわち要扶養者の側における扶養を受ける必要と扶養義務者の側における扶養をする経済的余力の現存する時点において要扶養者が((多くは親権者等に代理されて))扶養義務者に対し扶養の請求((この場合は家事審判、調停の申立によらない請求))をすることにより発生するから扶養に関する扶養当事者間の協定の成立も要扶養者の家事審判、調停の申立もなく要扶養期間を経過した事案や要扶養期間の中途において扶養に関する家事審判、調停の申立てられた事案では、大多数の場合において、このような家事審判等の申立前の扶養請求によりいわゆる「過去の扶養料」についての扶養義務者の扶養料支給債務の発生があると考えられる。)、家庭裁判所の審判事項に属しない前記のいわゆる「過去の扶養料」についての要扶養者の扶養義務者に対する請求は通常の民事上の履行遅滞による損害賠償請求権として、地方裁判所の裁判事項に属する。

本件の場合、訴外喜代美が法律上控訴人と被控訴人との間の子に当ることは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一五号証によれば、訴外喜代美は(控訴人と共同申立人となつて)昭和三三年四月八日附で、京都家庭裁判所に対し被控訴人を相手方として、認知、所有権移転登記手続および扶養料支払の請求(控訴人はこのほかに単独で慰藉料支払の請求をしている)を求める家事調停の申立をしたところ、その頃、みぎ申立が同裁判所昭和三三年(イ)第二九一号ないし第二九四号事件として係属したこと、ならびに、みぎ申立書中において、訴外喜代美は被控訴人に対して申立の趣旨では現在および将来の扶養料の支払の請求(一部みぎ申立前の扶養料の支払の請求を含む)をしているけれども、事件の実情の記載中においては、扶養契約による契約金の支払または事情変更による契約金額の増額支払いの請求をしているのではないかとの疑いがある事実を申述していることが認められ、また、みぎ申立の調停事件についての調停は不調に終つたけれども、みぎ申立に係る扶養に関する事件について家事審判手続を開始するに至らなかつたことは、弁論の全趣旨に徴して当事者間に争いがない事実と認める。調停の申立において申立人がどのような請求権について調停の申立をしたかは、必ずしも申立書の記載のみによつて判定すべきではなく、調停委員会の席上において申立人が口頭をもつて主張請求するところによつて判定すべきであり、申立人がみぎ口頭の主張において特に除外する事項については申立書の申立の趣旨中に記載された事項についても調停申立があつたものと看做すわけにはいかないから、前記訴外喜代美申立に係る扶養料請求の調停事件においても、同訴外人の親権者である控訴人ないしその代理人弁護土が調停委員会の席上で扶養料支払いの請求に関する調停を欲せず、扶養料支給契約による契約金の支払いに関する調停に限つて調停せられたい旨申立てたとすれば(本件の場合扶養料額は控訴人と被控訴人とが分担すべきものであるので、訴外喜代美および控訴人主張の扶養料支給契約による契約金額より遙かに少なかつたと思われるので、当時、控訴人とその代理人弁護士が調停委員会の席上でみぎ契約による契約金の支払いに関する調停のみを希望し、家事審判法による扶養に関する処分についての調停申立ではないから、この点に関する調停および審判は拒否する趣旨の口頭の申立をしたことも想像できないでもない。)、その後本件扶養に関する適法な家事審判、調停の申立のない本件の場合(甲第一六号証によれば、控訴人は控訴人自身の名義で昭和三八年七月二二日京都家庭裁判所において被控訴人を相手方として訴外喜代美の扶養料の支払請求の調停申立をしていること明らかであるが、みぎ申立は明らかに扶養料支給契約による契約金の支払いの請求の申立であつて家庭裁判所の審判事項でないのみならず、扶養料請求の申立としては扶養請求者ではない者の申立として不適法である。)には、要扶養者から扶養義務者に対する扶養料支払の請求はあつたが、みぎ請求の家事審判、調停の申立はなかつた事案として、要扶養者である訴外喜代美から扶養義務者に対する扶養料支払債務の履行遅滞を原因とする損害賠償の請求を地方裁判所に提起することができる場合に該当することは明らかである(但し、訴外喜代美は要扶養期間中控訴人から養育され、既に要扶養期間を終つていることは当事者間に争いがないから、みぎ要扶養期間中に喜代美の生活費に支出した費用は、みぎ要扶養期間経過後に喜代美の収入から支払われた事実があるかまたは喜代美自身の債務または事実上喜代美の収入から支払われるべき債務として現に残存している場合を除いて、第三者((この場合は控訴人))の弁済により扶養料債権が既に消滅した場合に当り、訴外喜代美はみぎ扶養料の支払請求をすることはできない。)。

また、仮に前記訴外喜代美の家事調停申立を真正な意味の扶養料請求の申立と解しても、本件において控訴人の請求する扶養料のうち、みぎ調停申立のあつた昭和三三年四月八日以降の分は京都家庭裁判所に未処理の家事審判事件として係属していることになり、地方裁判所の裁判事項には該当しないけれども、みぎ調停申立より前の分は、いわゆる過去の扶養料の請求として、同訴外人から被控訴人に対して地方裁判所において請求することができるわけである。

しかしながら、これら損害賠償請求権および扶養料の請求権は、要扶養者である訴外喜代美に専属する権利であるから、控訴人が同訴外人から前記過去の扶養料債権の譲渡を受けたことの主張も立証もない本件の場合、控訴人は被控訴人に対してみぎ過去の扶養料の請求をするにつき当事者適格がなく、控訴人の第一順位の請求は、訴外喜代美が被控訴人に対していわゆる過去の扶養料請求権を持つているかどうかについての判断をするまでもなく、不適法として却下を免れない。

(二)  第二順位の請求について

控訴人と被控訴人との間に控訴人主張の養育費支給契約が締結された事実がなく、被控訴人が控訴人に対して契約上の養育費支給債務を負つていないことは、既に判示したとおりであるから、このような契約上の養育費(契約金)の支払を求める控訴人の第二順位の請求は、失当として棄却を免れない。

(三)  第三、第四順位の請求について

扶養義務者の一人が過去において支出した扶養料に関する同順位の扶養義務者相互間の求償関係は、不当利得の返還または事務管理費用の償還の請求に当るところ、本件の場合、訴外喜代美が法律上控訴人と被控訴人との間の子であることは当事者間に争いがない事実であるから、控訴人と被控訴人とはともに訴外喜代美の第一順位の扶養義務者に当ること明白であつて、過去における訴外喜代美の扶養料を、控訴人は自分の負担すべき額を超えて支出し被控訴人は十分な扶養の余力がありながら負担すべき額に満つるまで支出していない関係にあるとすれば、控訴人は被控訴人に対して別段の事由がなければ、みぎ負担の不公平を是正するに足る不当利得の返還ないし事務管理費用の償還の請求権の双方又は一方を有しているわけである。

被控訴人は、被控訴人から訴外喜代美に対して扶養義務の事前の履行として控訴人居住家屋およびその敷地を譲渡し、控訴人は被控訴人に対してみぎ土地家屋の譲渡がなされた以上今後訴外喜代美の扶養料を含めて一切の請求をしない旨約束したから、控訴人は被控訴人に対してみぎ扶養料の支出に関連する一切の請求権を有しないと抗弁するので、控訴人が被控訴人に対して前記のような不当利得の返還ないし事務管理費用の償還の請求権の双方または一方を取得したかどうか、およびみぎ各債権の金額如何を判断するに先立つて、先ずみぎ被控訴人の抗弁について判断することとする。

本件の場合、昭和三一年一二月八日被控訴人が訴外喜代美名義に控訴人居住の家屋およびその敷地を贈与したこと(実質上、何びとに贈与されたかおよび贈与をする趣旨については争いがある)、および昭和三二年三月一三日控訴人が被控訴人に対して乙第一号証(甲第五号証はその写)の証と題する書面を差入れたことは当事者間に争いがない。そして、前に判断したようにみぎ書面差入れに際し控訴人と被控訴人との間に被控訴人が控訴人に対して訴外喜代美の養育料(契約金)を支給する旨の契約が成立した事実が認められないこと、前認定のみぎ書面が差入れられるに至つた経過およびみぎ乙第一号証の証と題する書面の記載内容とを総合すれば、控訴人はみぎ書面をもつて被控訴人に対し訴外喜代美が財産分けとして被控訴人から控訴人居住の家屋およびその敷地の贈与を受けた以上は、控訴人は被控訴人に対して今後、訴外喜代美の養育費を含めて一切の請求をしない旨を確約したものと認むるが相当である。したがつて、みぎ約束は、控訴人が訴外喜代美の養育費として支出した金銭を被控訴人の負担すべきものとして同人に求償しない旨の約束を含むものと解することができる。甲第四号証記載の訴外高橋恒太郎の供述および原、当審における控訴人本人の各尋問の結果(原審における尋問は第一、第二回とも)中みぎ認定に反する部分は措信しない。みぎ書証の意味についての控訴人の主張は採用しない。

元来、扶養料請求権は現在において扶養を受ける必要のある者が扶養の余力ある扶養義務者に対して有する債権であつて、みぎ扶養要件の具備する限りにおいて親族法上の身分関係から直接に派生する権利であるから、要扶養者の親権者その他の要扶養者以外の者はもちろん要扶養者自身であつても、予め放棄することは許されず、たとえ要扶養者を事実上養育している者ないし要扶養者自身が扶養義務者から将来の扶養義務の履行に代えて予め金品の贈与を受け、みぎ扶養義務者との間に扶養請求権を放棄する旨ないし扶養義務者の扶養料支払義務を免除する旨を契約しても、基本たる親族法上の身分関係が存続し且つ扶養要件が具備する限り、当該扶養当事者間の扶養に関する権利義務が発生する。したがつて、訴外喜代美が被控訴人から将来の扶養料支給に代えて予め控訴人居住家屋等の贈与を受け、控訴人が被控訴人に対して乙第一号証の書面を差入れて被控訴人の扶養義務を予め免除しても、その後訴外喜代美と被控訴人との間に扶養要件が生じた時は、被控訴人は訴外喜代美に対する関係では扶養料支払債務を免れることができない。しかしながら、前記乙第一号証をもつてする契約は、控訴人と被控訴人との間の関係の限りでは、みぎ書証の記載内容どおりの効力を有するのであつて、控訴人が被控訴人のために被控訴人の負担すべき訴外喜代美の扶養料を立替え支払つて被控訴人に対して不当利得の返還請求権を有するに至つても、或いはまた控訴人と被控訴人とが共同して履行すべき訴外喜代美の養育を控訴人が単独で履行して被控訴人に対して事務管理費用の償還請求権を有するに至つても(控訴人の取得する債権の種類がみぎ両債権のいずれであるかは訴外喜代美が扶養要件の存在する時点において被控訴人に扶養の請求をしたかどうかおよび支出が自己の為になされたか他人の為になされたかの意思に係つている。)、控訴人は前記書面による契約の効果により、被控訴人に対してみぎ各種債権のいずれをも請求することができない。けだし、控訴人と被控訴人との間のみぎ債権債務の関係は、親族法上の身分関係から派生したものではなく、通常一般の民事上の債権債務の関係に過ぎないから、当事者間の契約によつて変更、停止、減額、放棄、免除等の処分をすることが許され、このような処分を禁圧する理由がないからである。

よつて控訴人の第三、第四順位の請求は、控訴人が被控訴人に対して不当利得の返還ないし事務管理費用の償還の請求権の双方又は一方を取得したかどうか、ないしこれら債権の金額如何について判断するまでもなく、失当であることは明らかであつて棄却を免れない。

以上のとおり、控訴人の請求はすべて失当であるところ、原審における控訴人の請求は当審における第二順位の請求と同一であるので、みぎ請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は失当として棄却すべきであり、控訴人が当審において追加請求した第一順位の請求は不適法として却下すべく、同第三第四順位の請求はいずれも失当として棄却すべきものである。

よつて民訴法三八四条、九五条、八九条を適用し主文のとおり判決する。(宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)

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